Sunday, December 4, 2011

one day in winter in London


すっかり寒くなった。

5分くらいならふきっさらしのバス停でバスを待てるけど、10分となると結構辛い。
バスに乗ろうとたどり着いたバス停には、すでに2人の女性が待っていた。「どれくらい待ってるの?」と聞くと、「7〜8分」と言うから、それならもうすぐ来るかもしれない、と思って、バスが来るであろう方向を眺めてみたけど、どうも来る気配がない。

3つ先のバス停で別のバスに乗り継ぐ予定だったから、そこまで歩こうかどうかと考える。前回は相当待ったな〜、じっとしてると寒い、、と思うと、歩くしかない。よし歩こう、と決めて歩き始めると、バス停にいたもうひとりの女性もすでに歩き始めていて、彼女を追う形で歩くことになった。お互いに、後ろからバスが来やしないかと振り返りながら歩く。ふと気がつくと、先に歩いていた赤いコートの彼女は、次のバス停に止まっていた。それでも私は、乗り継ぐ予定のバス停まで行こうと、そこをスルーして歩く。すると、赤いコートの女性が「こんな寒いんだから歩いた方がましね」と言いながら私に並び、結局、愚痴り合いながら歩くことになった。お互いにキョロキョロ後ろを振り返りながら。そして目的のバス停で止まると、彼女は「私は歩き続けるわ」とたくましく進んでいった。

知らない誰かと同じ思いを共有して歩くというのも冬の寒さのおかげだなーと少しほっこりした気分でバスを待った。
ほどなくすると、バスはやって来て、と当時に、最初のバス停で7分ほど待ち続けていた女性も「ノーバス!」と言って歩いてやって来た。

そんな日曜夜の帰り道。今頃はみんな眠りについていることでしょう。

Friday, December 2, 2011

christmas decoration



Christmas in London. There are lots of illuminations for christmas not only big downtown but also residential area. I am interested in it on streets. The style (color, size..etc) is different depending on the area. You can see how the area is though the lighting. If you find good one, you might find something interesting for you on the area.

photo at covent garden

Wednesday, November 16, 2011

Who wear the poppy? 2

ニュースを見ていてみつけた、Remembrance dayのポピー関連ニュース。
何でも£1のPoundlandでポピーの飾りをユニフォームにつけていたスタッフが、それはユニフォームじゃないからっていう理由で、つけないように注意され、それにお客さんが怒って、不買活動するよ!って騒ぎになったよう。デイリー・メールのこの記事。

Tuesday, November 15, 2011

Who wear the poppy?


11月11日は、remambrance day。戦没者を慰霊する日。
10月末ごろから、胸に花をつけた人をよく見かけるようになった。最初はバーのスタッフで、次はBBCのキャスター。それからは街のあちこちで。戦没者を悼むシンボルとして、胸にポピーの花飾りをつけるよう。
つけている人を見ていると、ポッシュな人が多いような気がするのは気のせいか。政治家はつけていないと非難されるとか、されないとか、という話を聞いたから、何かのアピールのように感じたりもしたけど、よくよく観察していると、人種を問わず色んな人がつけている(もちろんポッシュな人が多いけど)。犬の散歩をしているおじいさんや、ちょっと買い物に出かけている黒人女性。日本人の私も。
キャサリン王妃は2つ、エリザベス女王にいたっては3(4?)個も。

みんながつけているこれがかわいいと思えて仕方がないのです。

※ちなみに、1ポンドの寄付でピンとポピーの飾りがもらえるので、それを上手く組み合わせたらバッチのようになります。

Tuesday, November 1, 2011

Happy Halloween


Lewes, England 2011

Clocks go back one hour.



サマータイムが終わった。
どうも変な感じがする。前日まで5時だったのが、翌日は同じ時間が4時ということでしょ? サマータイムが終わるから時間を1時間戻すといっても、実際、腕時計はあまりしないし、置き時計も持っていない。時間を見るときはiPhoneかMacBook。
時間変更って手動でするのかな〜とぼんやり考えながら迎えたその瞬間、自動的に1:59→1:00へと変わってた。BBCでも、「もうすぐサマータイムが終わるよ」ってほんのちょっとアナウンスしただけで、何事もなかったかのように時間が自動的に1時間戻った。夜型の私としては、もう少し起きていられる、、とうれしくなったし、フラットメイトは1時間多く寝られる、1年で一番好きな日って浮かれていた。

1:59→1:00のさりげなさは、たとえば時間が10年戻っていたとしても誰も気づかないんじゃないだろうか、と思えるほどだった。翌朝起きたら、時間は昨日までと同じように(だけど1時間戻っていて)動いていて、本当に何事もなかったかのように生活できている。街に出てみても、時刻表を気にしなきゃいけないような電車に乗っても、いつもと同じように時が流れている。特に何か期待していたわけじゃないけど、ちょっとがっかりしたのと、なぜか不安が入り交じった不思議な気持ちなった。
そんななかで昨日3個、そして今日2個、1時間進んだ時計を見かけた。なんだかうれしかったなー。昨日の3個のうち、ひとつは田舎町の駅の時計で、電車の時刻をお知らせする電光掲示板の近くにあるもんだから、まんまとだまされて、あれ、出発しているはずの電車がまだ到着してない? でも時間過ぎてるよね? え? あ? みたいな状態にひとり陥ってて、暇そうな駅員さんが、「あーあの時計はまだサマータイムのママだね」って笑ってた。
ちょっと期待した何かが私に訪れたことに、悔しさと安堵に似た感情を覚える。時間を1時間戻すという行為を自分でせず、私の知らないところで勝手に起こったことによって、見えない何かにコントロールされている気持ちになっていたのかもしれないし、あまりに完璧に時間が戻ったことに、不気味さを感じていたのだと思う。だから戻し忘れた時計は何だかほっとするし、今日見つけた2つの時計をせっせと1時間戻す作業は、とても楽しかった。
(ちなみに、この日が一番好きだというフラットメイトは、昨年、時間が1時間戻ったことをすっかり忘れて、予定よりも1時間早く人の家を訪ねたらしい。笑)

たかが1時間でも体はそれなりに記憶していて、お腹の好き具合とか、体の疲れ具合とか、空の明るさとかから、そろそろ○時頃かなーって思ってても、時計を見ると少し早く感じるから、体と自然ってすごい。そもそも時間というのは便宜上あるようなもので、1時間進もうが、遅れようがそこに大きな意味はないだろうなー、じゃー時間って何だーーー?

と、時間について考えた次第です。
(そういえば、ロシアは永遠にサマータイムでいくそうです)