キューバのvinalesという田舎町の、畑にぽつんと佇む掘建て小屋。女の人がただ一人で座っているだけだし、阿蘇のとうもろこし屋さんのお姉さんたちのように、通りかかる人に笑顔で手を振るわけでもないので、一見さんにはそこが店だということはわかりようがない。そもそもキューバには看板文化はなく、そのため外観だけではそこが何なのかはわかりにくい。でももちろん地元の人はそこが何であるかを知っていて、欲しい物にはちゃんとアクセスできるようになっている。例えば、ハバナで観光客が目にする店のほとんどが外人用通貨(キューバの通貨は2つ。地元人用と外人用)の店だとしても、彼らはキューバ人用の通貨が使えるお店がどこにあるかも把握している。
タクシー運転手のカルロスが急に立ち寄ったその店は、さとうきびジュース屋さんだった。サトウキビを機械(といっても手動)にかけ、汁を絞る。絞った汁をグラスに入れて出してくれる。アイスはなしだったと記憶している。たったそれだけのジュースが、いやジュースというよりも汁という方が適しているかもしれない。その汁が、びっくりするほど美味しかった。ほんのりとした甘さは、砂糖の甘さとは違い、シンプルな深みがあって、それは何かと何かを混ぜでできる類いの味にはない、原型のうまみが感じられる。
今考えてみると、砂糖はキューバの主要農産品で輸出品というだけに、ひょっとすると、それがキューバ砂糖の旨さなのかもしれないとも思う。幼稚園の頃からおやつの常連だった黒糖「くろんぼ」が好きになれなかったし、コーヒーに砂糖は入れない。母親が絶賛する和三盆アイスあたりから砂糖が一歩私に近づき、ロンドンに来てからは紅茶に砂糖を入れるようにもなった。だけど私は砂糖の味をよくよく知らない。このサトウキビ汁がキューバ砂糖の旨さなのだろうか? あぁキューバで砂糖を買わなかったことが悔やまれる。
ともあれ、カルロスは"これ"を絞った方がいい、とライムを絞ってくれた。そして「これがnatural lemonadeだ」と語気を強めた。サトウキビにライムを絞ったら、それが天然のレモネードになるのかは別にしても、単にサトウキビから絞り出しただけの汁&ライムは、他に並ぶもののない旨味で、私はこの味のためにもう一度この国に行きたいと思っている。
PS*緑生い茂るvinalesの村と小さなスタンド、そこに座るサトウキビ マシーンを絞る女、カルロス自慢の一杯。写真におさめるとさぞ絵になったことだろうと思うけど、そんなときにかぎってカメラの電源は切れている。