Tuesday, April 19, 2011
Wednesday, April 13, 2011
おばあちゃんの鉄瓶
昨日、夕飯の途中で日本の鉄器が話題に上がり、鉄瓶と鉄器の急須の違いが急にわからなくなってしまった私。
鉄瓶は形が急須みたいだし、急須にもなるかなーって一瞬思ったけど、違った。それぞれの用途は、鉄瓶ではお茶を沸かし、鉄器の急須ではお茶を淹れる。
ちゃんと聞かれなきゃ、案外曖昧な知識のままだったかも。
おおざっぱな私のお母さんも、物に執着しないおばあちゃんもそれぞれ鉄瓶を愛用しているから、鉄瓶は私のなかでいいポジションにある。実際、おばあちゃんちでお茶を飲もうと、鉄瓶を持ち上げて急須にお湯を注ぐときに手にかかるその重みと、口からとろっと出てくるまろやかなお湯が、それから飲むことになるお茶をよりいっそう美味しく感じさせているような気がする。そして本当に美味しい。あ〜飲みたくなった。
Tuesday, April 12, 2011
Sunday, April 10, 2011
初のクリケット観戦?
しばらくトランジットが続いていたブログでしたが、実際のところは無事にイスタンブールにたどり着き、トルコ内をウロウロして、すでにロンドンに入っています。
ロンドン3日目の昼下がり。公園でのんびりしていると、10歳前後の男の子たちがクリケットを始めた。以前、インドでクリケット選手と友達になったことをきっかけに、クリケットのルールを検索してみたけど、読んでもゲームの流れがいまいちわからないから、もちろん面白さもわかるわけがなく。。。でもバットの形を見てクリケットということくらいはわかったので、彼らのプレイをしばし観察(ではなく観戦)してみることに。
バッドを持った人がふたり? ボールを投げる。バウンドOK? 打つ。走る。ボールを拾う、投げる? で? 5分、、、、10分、、、、
結局ルールはわからない。だけど、ひとりの男の子がボールを一生懸命追いかける姿がたまらなく面白い。その子はおそらく誰かの弟で、3、4歳くらいだろうなぁー。ゲームにはまだ参加させてもらえないらしく(つまり打たせてもらえなくて)、それでも一緒に遊びたいのか、ボールが転がると必死になって追いかける。守備要員でもなさそうなのはすぐわかる。彼はちびっ子なのでまったく追いつかないし、毎回途中でこけてしまうから、私が見ている限りでは一度もボールに触れることができなかった。それでも何が楽しいのか、嬉しそうにボールを追いかける。こけてもこけても追いかける。そんな姿は、見ている私を妙に安心させた。
Sunday, March 27, 2011
クアラルンプールでトランジット中
イギリスへ行く前に、どこに寄るか、、、結局トルコを選びました。
できればイスラム圏に行きたいと思っていて、この世界情勢を鑑みると、トルコ辺りが妥当。マレーシア航空、クアラルンプール経由イスタンブール行きです。
で、ただいま、クアラルンプールでトランジット中。少し時間があったので空港をウロウロしてみると、津波募金があった。
中にはマレーシアリンギット以外にも、インドネシアルピアなどさまざまな国の紙幣や硬貨が集まっていて、遠く離れたマレーシアでもさまざまな国の人が移動の合間に日本を思い出し、援助の手を差し伸べてくれていると思うと胸が熱くなった。
ちなみに、このクアラルンプールの国際空港は、日本人建築家で六本木の国立新美術館を設計した黒川紀章氏による設計。そういう縁も感じられて、嬉しくなった。
できればイスラム圏に行きたいと思っていて、この世界情勢を鑑みると、トルコ辺りが妥当。マレーシア航空、クアラルンプール経由イスタンブール行きです。
で、ただいま、クアラルンプールでトランジット中。少し時間があったので空港をウロウロしてみると、津波募金があった。
中にはマレーシアリンギット以外にも、インドネシアルピアなどさまざまな国の紙幣や硬貨が集まっていて、遠く離れたマレーシアでもさまざまな国の人が移動の合間に日本を思い出し、援助の手を差し伸べてくれていると思うと胸が熱くなった。
ちなみに、このクアラルンプールの国際空港は、日本人建築家で六本木の国立新美術館を設計した黒川紀章氏による設計。そういう縁も感じられて、嬉しくなった。
Friday, March 25, 2011
まるで卒業式の気分?
5年間働いた職場で2度目の送迎会を開いてもらいました。
出会いがあって別れがあるのは当たり前のことだけど、世界中の多くの場所がネットでつながっている今、東京を離れイギリスに行くことは一生の別れではない。だからできるだけいつも通りに「じゃ、また!」という流れが、本当に「またね!」という感じがして、照れくささもない。だけど、今日は別れ際に泣いてしまった。
なんで涙が出るんだろう、と思う。友達とも家族とも違う、職場の同僚。きっとこれからも一緒に何かを作る機会はたくさんあると思うのに、涙が出て仕方がなかった。
ひとつのアイディアがお互いの話のなかでどんどん膨らんでワクワク興奮する感覚とか、もやっとした問題をひもといていく作業とか、壁にぶつかったときに隣からの思いがけない視点とか、仕事でつらいときに抱きしめてもらったときの温かさとか、いろんなことが思い出される。泣かなかったらこうやって改めて思い出すことはなかったかもしれない。涙に変わることによって、思い出がひとつ昇華するような感じ?
さよならムードを高めてバイバイするのは照れくさいから、できるだけ避けたいけど、こんなときに涙は必要なのかもしれないとも思う。
Sunday, March 20, 2011
地震の影響で
ただいま九州から徐々に上京中。。。
しばらく熊本にいた私にとって、テレビで放送される被災地やこれまで私が住んでいた東京の様子と、自分の生活とのギャップは、いつまで経っても埋まらない。だけど、九州から北上していくと、徐々に感じ始めている。
九州には物があふれておりまして、買いたい物はお好きなだけどうぞ、といった様子。少し揺れたという大阪にも物はたくさん。地震に対する意識もそれほど高くはなく。そして今日、愛知まで来てみると、ガソリンや灯油の購入に制限があったり、トイレットペーパーなどが品薄という。来週には東京に戻るので、きっと更なる違いを感じるのだと思う。
世界地図では小さく見える日本も、自分の足で動いてみると、意外と広いということを改めて思い知る。
しばらく熊本にいた私にとって、テレビで放送される被災地やこれまで私が住んでいた東京の様子と、自分の生活とのギャップは、いつまで経っても埋まらない。だけど、九州から北上していくと、徐々に感じ始めている。
九州には物があふれておりまして、買いたい物はお好きなだけどうぞ、といった様子。少し揺れたという大阪にも物はたくさん。地震に対する意識もそれほど高くはなく。そして今日、愛知まで来てみると、ガソリンや灯油の購入に制限があったり、トイレットペーパーなどが品薄という。来週には東京に戻るので、きっと更なる違いを感じるのだと思う。
世界地図では小さく見える日本も、自分の足で動いてみると、意外と広いということを改めて思い知る。
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